即身成仏 ―― その身、そのままで仏となる

 私たちは、どこか遠い未来に、修行の果てに仏になるものだと信じてはいないでしょうか。けれど、密教の教えは違います。

「あなたは、すでに仏である」

そう告げるのが、密教の核心にある教え、即身成仏です。

 この教えを理解するには、まず仏教の特徴を知ることが役立ちます。キリスト教は、歴史的存在かどうか諸説あるイエス・キリストの教えを基盤にしています。神道は、神の啓示や神話に基づいています。

 それに対し、仏教は唯一、実在した人物であるお釈迦さま(仏陀)が説いた教えに立脚しています。仏教は、この世に実在した釈迦(仏陀)が説いた教えです。その仏滅からおよそ1,000年の時を経て、インドで深められ、密教として完成されました。そして唐の地で、お大師さま(空海)は、まさに最良のときに、その法を師・恵果阿闍梨(けいかあじゃり)から受け継ぎ、日本に伝えます。

 壮大な宇宙観に裏打ちされた密教は、顕教が説くような長い修行の果ての悟りではなく、今この身のままで仏に至る道を開いたのです。

お大師さまはこうたとえます。

成仏への遅速、勝劣は、神通力の速さと、足を悪くしたロバの遅さに似ている


(※顕教が歩む道は果てしなく、遥か彼方の悟りを追い求めます。けれど密教は、この身、この場所、この瞬間に、仏が宿ることを知る道です。)




 即身成仏とは、決して「速く仏になれる方法」ではありません。むしろ、こう問いかけるのです。あなたの本質は、今この瞬間も仏なのだと。気づくか、気づかないか、その違いなのだと。

即身仏とは違うもの

 この「即身成仏」は、ときに即身仏(そくしんぶつ)と混同されます。即身仏とは、生きたまま入定し、ミイラとなった僧の姿です。
 けれどお釈迦さまが菩提樹の下で悟りを開いたように、即身成仏とは、生きながらにして目覚める悟りの境地。命を絶つことではなく、今の命の中に仏を見出すことなのです。

 即身成仏とは、未来のための約束ではなく、今ここにある真実です。私たちは、すでに仏である。その静かな光に、いつ気づくか。

それこそが、密教が私たちに残した、永遠の問いなのです。


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