入定留身
―永遠の瞑想―

今も私たちと共に在ます(いま)すお大師さま

 高野山のもっとも清浄な霊域、奥之院。杉木立の続く参道の先、御廟(ごびょう)と呼ばれる場所で、お大師さま(弘法大師空海)は今この瞬間も、私たちのために深い瞑想を続けておられると信じられています。

 それは「死」ではありません。「入定(にゅうじょう)」と呼ばれる、永遠の禅定に入られたのです。今回は、私たちを救い続けるお大師さまの「入定留身(にゅうじょうりゅうしん)」と、時代を超えて受け継がれる「同行二人(どうぎょうににん)」の信仰に迫ります。

1.「入定留身」
―衆生救済のための大いなる誓願―

「死」ではなく「永遠の瞑想」へ

 承和2年(835年)3月21日、寅の刻(午前4時頃)。高野山に集った弟子たちが見守る中、お大師さまは静かにその生涯を閉じられました。しかし、真言宗の教えでは、お大師さまは亡くなったのではなく、**「入定」**されたと伝えています。

 「入定」とは、仏道を成就した高僧が、肉体をこの世に留めたまま、意識を弥勒菩薩の住まう兜率天(とそつてん)に送り、永遠の瞑想に入ることです。そして、その肉体をこの世に留めて人々を救い続けることを**「留身(りゅうしん)」**と言います。

では、なぜお大師さまは入定を選ばれたのでしょうか。 それは、お大師さまが立てられた壮大な誓願(せいがん)にあります。

「我、入定の後、必ず兜率天に生まれ、弥勒慈尊(みろくじそん)の御前に仕え、五十億六千七千万年の後、必ず慈尊と共に下生(げしょう)して、我が法を助け、弟子を見ん。その間、必ずこの山に留まりて、汝等が来るを待つべし」



 これは、「私(空海)は入定した後、弥勒菩薩がこの世に現れ、すべての人々を救うその時まで、この高野山で瞑想を続け、悩み苦しむすべての人々を救い続けよう」という、未来永劫にわたる救済の約束なのです。

お大師さまの入定は、決して終わりではなく、時空を超えた衆生救済活動の始まりでした。

2. 奥之院の御廟
―今もお大師さまがおられる場所―

 お大師さまが永遠の瞑想を続けておられる場所、それが奥之院の御廟(ごびょう)です。この御廟では、お大師さまが今も生きておられるという信仰の証として、1200年以上もの間、一日も欠かすことなく続けられている儀式があります。

一日二度の食事「生身供(しょうじんぐ)」

それは「生身供」と呼ばれる、お大師さまへのお食事のお供えです。
 毎日午前6時と午前10時半の2回、奥之院の麓にある「御供所(ごくしょ)」で調理された食事が、維那(ゆいな)と呼ばれるお役目の僧侶によって、御廟まで厳かに運ばれます。

 白木の箱に収められた食事は、たとえ風雨が激しくとも、雪が深く積もろうとも、一日たりとも欠かされたことはありません。この生身供は、お大師さまが「肉体を留め、今も生きておられる(生身)」という信仰を象徴する、最も大切な儀式なのです。

衣を改めた観賢僧正の伝説

 お大師さまが入定されてから約80年後の延喜21年(921年)。時の醍醐天皇は、夢のお告げにより、お大師さまに「弘法大師」の諡号(しごう)を贈りました。
その報告のため、高弟であった観賢僧正(かんげんそうじょう)が御廟の扉を開けて中へ入ると、驚くべきことに、お大師さまはまるで瞑想から覚めたかのように端座しており、髪や髭は長く伸びていたといいます。

 観賢僧正は、お大師さまの伸びた髪を剃り、破れていた衣を新しいものに改めて、御廟を後にしたと伝えられています。この伝説は、お大師さまが今も御廟で肉体を保ち続けておられるという「入定留身」の信仰を、より確かなものとしました。

3.「同行二人
―いつも、お大師さまと共に―

 高野山に足を運べなくても、私たちの日常の中に、お大師さまの存在を感じることができる信仰があります。それが「同行二人」の教えです。

御宝号「南無大師遍照金剛」

 「同行二人」とは、「いつも二人、お大師さまと共にいる」という意味です。私たちが困難に直面した時、悲しみに打ちひしがれた時、決して一人ではありません。お大師さまがすぐそばに寄り添い、私たちを見守り、導いてくださっているのです。

 その信仰を表すのが「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」という御宝号(ごほうごう)です。
 「遍照金剛」とは、お大師さまが唐で授かった名前であり、「この世のすべてを遍(あまね)く照らす、ダイヤモンドのように堅固な智慧」を意味します。「南無」とは、心から帰依します、お任せします、ということです。

この御宝号を一心に唱えるとき、私たちはお大師さまの広大な慈悲と繋がり、そのお力をいただくことができるのです。

お遍路に息づく信仰

 この「同行二人」の信仰が最も色濃く表れているのが、四国八十八ヶ所を巡るお遍路です。お遍路さんがかぶる菅笠(すげがさ)には「同行二人」の文字が書かれ、手にする金剛杖(こんごうづえ)は、お大師さまそのものの化身とされています。

 長い道のりを、お大師さまと共に歩む。だからこそ、どんな険しい道でも乗り越えることができるのです。そして多くの人々が、旅の終わりに高野山奥之院を訪れ、無事に巡拝を終えたことをお大師さまにご報告します。それは、旅を共にしてくださったことへの、心からの感謝のしるしなのです。

 お大師さまは、私たちから遠く離れた歴史上の偉人ではありません。今この瞬間も、奥之院の御廟で、そして「同行二人」として私たちのすぐそばで、深い慈悲の心をもって見守り続けてくださる、最も身近な存在です。

 日々の暮らしの中で、ふと立ち止まり、静かに「南無大師遍照金剛」と唱えてみてください。きっと、お大師さまの温かい眼差しと、時を超えた励ましの心が、あなたの胸に届くことでしょう。


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